Essay

img_1737363_63012794_1.jpg 私は文字について、考え込むことがある。それは、表現のよしあしではなく、その文字からかもし出すエネルギーのようなものなのだが、それがこの年になって、かなり感じるようになってきた。文字は、新聞を通して、本を通して、手紙を通して。「この際、書類などのたぐいは別とする」。エネルギーと書いたのは、その他の言葉が見当たらないからだと思う。その文字を書いた人の雰囲気が伝わる。しかし、書いた本人と出会ったとしたら、イメージとは違うことが多いのだが…。なぜなら、人間というのは、ビジュアル的に姿から来るイメージのほうが強いからであろう。文字は、気持ちや心とつながっていると私は思ってきた。そうなると話す言葉はどうなのか…。これもその範疇かもしれない。これは相手が居て喋ることで、相手のエネルギーも関係することになるのかもしれない。

 文字――
 私にとっては不思議な存在だ。私は、書き手に恋をすることが多い。
 文字に恋をする。笑えるが…。それは、人間が文字を書いているからだと思う。本屋で、良書を見つけた場合には、楽しくなる。まるで恋をしている時の気分だ。ちょっとしたフレーズでは内容は分からない。しかし、ぱらぱらとめくって、その一行に恋をすることが多い。だいたいの当たりをつける。よくよく考えると、自分の考えとまったく違う本は、手に取っていないようだ。自分の考えをなぞるように癒し、そして、確認させてくれるもののような気がする。

 最近もまた恋をした。【誰も知らない「名画の見方」】という本に。読んでしまうと、また次の恋を探すのも楽しい。【誰も知らない「名画の見方」】は、「目」について書いてあったので、興味を持った。【瞳はたんに外光に反応する肉体の一器官としての「目」ではなく、内部に精神を宿した「まなざし」となる。そのとき画家は、自分が見た対象としてではなく、画家を見ている「人間」を描くことに成功したのである】と。目は、私も常に人の顔の中で一番興味があるものだ。その目がすべてを語るだろうと思うからだ。

 私の読んでいる新聞のある記事にも興味がある。筆者の名前を調べたいくらい好きだ。毎日その部分を読むのが好きで、その新聞を好きになった。書き手は、どういう人なのだろうと想像する。時々、私の及びもつかないことを書いてあると嬉しくなる。私と同じ年の頃だろう。いやもう少し若いかなあ…と。人も時代の産物であるから、想像がふくらむ。
 書き手が男性か女性かは文章で分かる。不思議なものだ。いずれにしても文字からかもしだされる独特のエネルギーが、その人の心を運んでくれているようだ。

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