Fantasy

 僕はFifth Avenueをねぐらにしている。
 エンパイアー・ステイトビルのビルの周辺に僕の仲間も沢山いるのでおしゃべりには事欠かない。


 食事はファーストフードのお店が増えたので、なかなか快適だ。
 それに、マジスン・アベニューに住む歯医者のマッケンジーは僕のために毎朝、窓の外に食事を毎日置いてくれている。それはパン屋に勤めている彼女がマッケンジーを訪ねて来た翌朝が豪華だ。そのパンを僕たち仲間も楽しみにしているんだ。クロワッサンもあれば、チーズ入りのフランスパンやコーンの入ったパンもある。


 僕とマッケンジーとの出会いは、去年の春だった。
 彼の姪がうっかり窓から紫色の風船を飛ばしたんだ。まだちっちゃい女の子さ。僕はその時、その周辺にいて、女の子が飛ばした風船の紐をくわえてその窓に持っていってあげたんだ。その女の子はもちろんとても喜んでくれた。その時にその女の子を抱っこしていたのがマッケンジーさ 彼はこう言った「賢い鳩だ。ありがとう。僕は君に恩返しをしたいが…、さあ、なにがいいかな? 鳩か…。餌がいいね」
 僕はその時、心のなかでこう思った「僕は言葉だけの人間さまのことをあまり信用しないが、もし君が本当にそうするなら、僕は人間を見直すよ」
 マッケンジーとはその時からの付き合いさ。さっそく彼は、僕に毎朝食べ物を窓の外に置くようになった。ほとんどが彼の前の晩の夕食のレフトオーバーだった。パンプキンパイや、キッシュ、寿司、ローストチキン、マフィン。その日によって当たり外れがあった。僕たちは、彼は鳩のことは何も知らないと苦笑した。

img_1738998_52215786_0.jpg
 この春には、マッケンジーに彼女ができた。
 それから僕と僕の仲間は、朝食をマッケンジーの窓の外のテーブルですることにしている。彼の彼女は、フィフスアベニューでも有名なパン屋の売り子をしているんだ。だから、お店が終わったら、売れ残りのパンを沢山もらってマッケンジーを訪ねる。僕たちはそれを楽しみに上から見ている。


 今日も彼女はパンを入れた大きな袋を抱えて、彼のアパートNOを押した。
 彼女は、赤いカーディガンに白いシャツ、ジーンズ姿でポニーテイルのブロンドの髪を揺らしていた。石の階段の五段を急いで駆け上がったからだ。彼女の名前は、セイラ。


 ここだけの話しだけど、なかなか、マッケンジーは親切で気が利いている。彼女と一緒にお部屋を出ていくのだけど、パンを僕たちにあげていることをさとられないように、何かを忘れたふりをして、階段を三段下りたところで部屋に戻ってくるんだ。そして、窓を急いで開けて僕たちに口笛を吹く。セイラが来ない日は、僕たちはパンがない。だからマッケンジーは、夕食の残りのチャイニーズフードやスパゲティーを置いている。タバスコのかかったやつをね
 僕たちは辛いものが苦手だ。僕たちはマッケンジーのことはたいてい知っている。
 彼は、いつも7時にアパートに戻って来る。
 ドアを開けて、まず最初にシャワー室に入る。それが長いんだ。そしてバスローブを着てソファーにねっころがる。しばらくジャズを聴いているが、ゆっくり起き上がりコーヒーを沸かし、それを飲みながら夕刊を読む。
 彼は野球が好きで四月の上旬は大変だった。彼はいままでに三度も僕たちへの朝食を忘れた。彼はヤンキーズファンで、スタジアムに行く日は僕たちのことを忘れる。うっかりするんだ。でも、そういう時にも僕たちは行き場所がある。ファーストフードのお店の裏に行けばたんまり食料はあるのだから、そんなに困ることはないんだ。マッケンジーは、土曜日の夕方から両親の家に帰る。だから、日曜日の朝は僕たちはマッケンジーのところに行かない。それから夕方から読書に夢中になるときも。彼は朝まで本を読んでいて、朝方になって眠ることがある。その時は僕たちの食事を忘れる。遅刻寸前で、大慌てでアパートを出るんだ。まったくなってない。

img_1738998_52365919_1.jpg
 僕たちの仲間はNYに住みついて一年になる。
 僕たちの前のすみかはアッパーイーストサイドだった。空から下を眺めていると、人間の動きがとてもよくわかる。僕がマッケンジーと同じ言葉を話せたら、たくさんのことを彼に教えてあげたい。しかし、教えてあげても、彼はたぶん理解できないことだろう。たとえば、彼のいつも行くキヨスクの前で立ち話をするジョアンナが何を考えているかを、僕たちのほうがよくわかっている。一日中空の上から眺めているとね…。
 ともかく、マッケンジーは、誠実な男だ。僕たちは彼と来年はさよならするけど、僕たちの信頼できる人間のリストに彼は記録されることになるだろう。


 僕のねぐらはFifth Avenueだけど、僕の仲間はマンハッタンのあちこちにいて、一番遠いところはLower Townのブルックリン橋がある辺りまで広がっている。ブルックリン橋の近くにはかなりの大御所が住んでいる。ソーホーの東、リトルイタリーや南側に広がるチャイナタウンのある辺りは人気のあるねぐらだ。食べ物屋のスタンドや露天が立ち並んでいる。ブルックリン橋のある付近にはサウスストリート・シーポートがあり、週末となると人が溢れるところだ。
 長老の鳩が僕に「最近は、チャイナタウンも住みにくくなった。昔みたいに僕たちにお金を出してまで餌を買ってくれる人たちはいないね…。昔は、グリニッチ・ビレッジには芸術家が沢山住んでいて、自由で、なんだか面白い街だった。」と話していたが、僕のように、マッケンジーのような気の良い人間から個人的に可愛がられていると、生きているのもそこまで辛くない。マッケンジーは、僕が三日間、彼の窓の桟に姿を現さないと心配してくれる。いい奴だ。最近は僕の友人たちが彼の窓の桟に舞い降りると、マッケンジーは餌を与えるらしい。Midtownは、長老に言わせれば通りすがったことしかないと言う。「ブロードウェイ劇場街と迫力ある電光板で溢れているタイムス・スクエアをねぐらにするなんて無理さ」と僕をからかった。「住めば都さ…」と僕は笑ったが、僕だってすべてを満足しているわけではない。カナダからマンハッタンに渡って来る途中で僕は妹とはぐれた。どういうことかいまだに分からないが、妹は体が弱ってしまっていたのだ。たった一人の妹だったので、とても辛かった。妹とは言うが正確には妹かどうか分からない。でも彼女が僕に妹だというのだからそうだと思う。とても気の合う僕の彼女のようなものだった。彼女はいつも僕の横にいて、僕の後からいつもついて来た。慕ってくれていた。妹を失ったことはとてもショックだった。


 そのせいか、それ以来、僕はあまりいろんなことを気にしないことにした。食べることも、寝ることも、そして飛ぶことも…。なるようになるさ、どうにかなるさとね…。一日が何ごともなく楽しければまずまずだなと、そう思うようになった。仲の良い友だちは沢山できたが、やはり、ぴったり相性の合う妹のような鳩にはまだ出会っていない。たぶん、マッケンジーもそうだろうと思う。マッケンジーはセイラがドアを開ける時に、両手を広げて抱きしめるところを見たことがない。彼女はたまにワインやチーズも買って来る。たまには手作りのケーキもね。だけどマッケンジーは、それをすぐにそれらを冷蔵庫に仕舞うんだ。僕はその様子を窓の外で見ながら、セイラの作ったケーキを明日は僕が食べることになるな…と思う。僕はホイップクリームは苦手なので、なんだかため息がでる。餌だったら何でもいいと思っているマッケンジーは、やはりちょっと鈍感だ。僕が人間なら、「鳩の飼い方」とか、「鳩の好物」とか、そんな本を買ってマッケンジーに持って来るのだけど。まだまだ彼は成長していない。人を喜ばせることを知らないんだ。たまにセイラのがっかりした顔を見て、僕はやれやれと思う。
 セイラはとても優しい気持ちの女性で、「あなたは無神経な人ね」などとマッケンジーをなじったりしない。僕は、いつセイラが泣き出すかとはらはらしているが、マッケンジーとセイラのことを僕が心配しなくてもいいことだが…。

10112428594.jpg
 昨日は、とても僕にいいことがあった。久しぶりにセントラルパークに行った。そしたら、僕の妹の友人に偶然に出会った。彼女はにっこり笑って僕に話しかけた。僕たちは妹の話やカナダの話を沢山した。バンクーバーのスタンレーパークの話やチャイナタウンの話をね。彼女は両親とセントラルパークの近くに住んでいる。彼女は僕のように灰色の体をしてはいない。羽は真っ白なんだ。目はちょっと赤みを帯びていて、可愛い声でお喋りをする。僕はたちまち彼女が好きになった。それにとても話が合うんだ。おまけに彼女は上品な歩き方をする。鳩にも歩き方というのがある。教養というものもあるんだ。むやみにちょこちょこ歩きやしない。そして無駄口もたたかない。いつも微笑んでいる。僕は彼女の家に招待された。メトロポリタン美術館の南側にある古いアパートだった。そこからセントラルパークの全容が見渡せた。リスが小走りに走って木の陰に隠れるところまで見えるような特別のいい場所だった。この話をマッケンジーに明日の朝になったら、彼を窓の桟で待っていて話してあげたい。彼が繊細な男なら僕の言葉を解読できるかもしれない…。マッケンジーは、たぶん僕のように何か心に傷があるんだ。だからあんなつまらない顔をしているんだろうと僕は思うことがある。でも、僕がどんなにマッケンジーに一生懸命説明しても、彼の耳に僕の言葉は、クックー、クックーとしか聞こえないだろうな…。僕はとてもそれが辛いんだ。僕はマッケンジーが大好きなので、マッケンジーが喜びでいっぱいの朝を迎えることを望んでいるんだ。


 彼女は僕にとても打ち解けてくれた。だから彼女は、自分の大好きな美術の話しをしてくれた。だけど彼女の話してくれる美術の話を僕は理解できないので、大きく首をかしげた。だから彼女も一生懸命僕に説明しようとして首を大きくかしげるんだ。それが可笑しくて、僕たちは大いに笑った。美術の話なんて僕はまったく興味がない。だけど、彼女が話してくれることは一生懸命聞きたくなる。きっと僕は彼女が大好きになったのだと思う。この話をマッケンジーに明日の朝になったら、彼を窓の桟で待っていて話してあげたい。彼が繊細な男なら僕の言葉を解読できるかもしれない…。マッケンジーは、たぶん僕のように何か心に傷があるんだ。だからあんなつまらない顔をしているんだろうと僕は思うことがある。でも、僕がどんなにマッケンジーに一生懸命説明しても、彼の耳に僕の言葉は、クックー、クックーとしか聞こえないだろうな…。僕はとてもそれが辛いんだ。僕はマッケンジーが大好きなので、マッケンジーが喜びでいっぱいの朝を迎えることを望んでいるんだ。
 いつかはマッケンジーは夜更けに飲みすぎて、翌朝僕に餌を与えるどころか、八時になっても目が覚めなかった。ベッドサイドの窓を僕のくちばしで叩いても目が覚めなかった。そして目が覚めたのは九時をまわった頃。マッケンジーは、「遅刻だね…」と呟き、あわてずもせずベッドから降りた。まあ、そんな彼を僕だけが嘆いているんだ。いつか彼が僕の気持ちを分かってくれるといいのだが…。

img_1738998_52365919_2.jpg
 僕はある日、いいことを思いついた。
 マッケンジーが僕の言葉を理解しないから、僕は彼女を誘ってマッケンジーのところに一緒に姿を見せてあげよう。マッケンジーが餌を与える時間を見計らってね。その姿を見ると、たぶん彼は気が付くだろう。鳩でも幸福はあるってことがね。なにかマッケンジーを感動させなければ、きっと寝ぼけ顔で彼は何も気が付かない。だから、その時は彼女の足首にリボンをしてあげようと思う。ピンクのリボンがいいな…。

 だから今日から僕はそのリボンを探しているんだ。どこかにお洒落な女性が落としたリボンがないかな…ってね。彼女の足に付けた優しいひらひらしたピンクのリボンを見ると、どんなに鈍感なマッケンジーでも僕の気持ちに気が付いてくれるだろう。マッケンジーはたぶん僕を理解してくれるかもしれない。
 そして、マッケンジーがこんなことをつぶやいたら、僕は嬉しいな。
「鳩のくせに生意気だぞ。人間に鳩が教えるなんてね…」

ボタン_紫ガラス_Blog.pngボタン_オレンジガラス_Mail.png